東京地方裁判所 平成6年(ワ)10923号 判決 1995年1月23日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
理由
第一 請求原因
一 請求原因について
1 請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 なお、原告は本件賃貸借契約の目的物である本件建物の共有者の一人である(《証拠略》によれば、真実の所有者は勝倉育英であり、原告はその管理会社として賃貸人になっているようであるが、いずれでも同じ。)ところ、共有建物の賃貸は、それが共有物の変更にあたるとすれば、共有者全員でするのでなければ有効に賃貸することはできないと解すべきであるし(民法二五一条)、それが共有物の管理にあたるとすれば、共有者の過半数により決する必要がある(民法二五二条本文)。いずれにしても、本件賃貸借契約のみでは、有効な賃貸借契約とはいえない。
しかしながら、《証拠略》によれば、被告は、原告を含む本件建物の共有者三五名全員との間で、賃料額が各持分の割合によるほかは同一内容の契約を個別に締結していると認められる。各共有者の契約は、あくまで共有者の持分の賃貸借ではなく、本件建物の賃貸借であり、これにより右全員と被告との間に一個の賃貸借契約が成立しているものと理解すべきものである。
二 抗弁について
抗弁1の事実は、当事者間に争いがない。また、《証拠略》によれば、抗弁2の前段の事実が認められる。
三 再抗弁について
1 再抗弁1について
《証拠略》によれば、本件賃貸借契約の契約書には、本件賃料自動改定条項が増額の場合に限って適用されるとの記載はなく、むしろ文言上は増減いずれの場合にも適用のあるものであることが明らかである。もっとも、契約書には明記していなくても、増額にのみ適用され、減額には適用しない旨の合意が成立していれば、それによることになる。そして、《証拠略》には、被告が原告に対し、本件賃料自動改定条項は、値上げをする場合のスライド条項である旨の説明をしたとの部分がある。しかし、《証拠略》によれば、本件賃貸借契約締結に際し、賃料が下がる場合については全く話が出なかったというのであり、原告の主張によっても賃料の減額は想定すらしていなかったというのであるから、賃料減額については本件賃料自動改定条項を適用しないとの明確な合意がされていないことは明らかである。
よって、再抗弁1は理由がない。
2 再抗弁2について
原告の主張するとおり、昭和六一年当時は一般に貸ビル賃料の上昇が予測されていて、その後のいわゆるバブル景気により、実際に貸ビル賃料が急激に上昇したのは公知の事実である。したがって、原告が賃料は増額し続けるものと考えて本件賃貸借契約を締結したというのも、原告の独断と決めつけることはできず、むしろ一般人の予想も同様であったということができる。
しかし、だからといって昭和六一年当時に将来の賃料の値下がりが全く予測できなかったとまでは直ちにはいえない。短期的な賃料の下降は予測が困難であったとしても、ある程度の周期で賃料相場に値下がりを含む変動が生じ得ることは、経済事象の変転の目まぐるしい現代においては、予見不可能とまではいえないものというべきである。のみならず、本件賃料自動改定条項は、少なくとも増額については、被告と転借人との間の賃料の定めが一般の賃料の動向を反映して変更されて行き、その七割をもって本件賃貸借契約における賃料とすれば、それも適正妥当な額になるとの考えに基づいていることは明らかである。この理は、転貸料が減額されたときにも等しく当てはまるのであり、減額の場合にのみこれを適用することが信義則上著しく不当であるとはいえないものというべきである。
なお、本件における賃料の減額率は二年間で約二八・六パーセントであり、原告の受ける不利益は小さくないが、被告も同率で転貸収入が減ずるものであるうえ、《証拠略》によれば、右の率が不相当に大きいとまではいえない。
よって、本件において事情変更の原則を適用すべき事由は認められず、再抗弁2は理由がない。
3 再抗弁3について
再抗弁2について判示したところによれば、本件賃料自動改定条項は公序良俗に反するとはいえず、再抗弁3にも理由がない。
4 再抗弁4について
借地借家法三二条は、建物の賃貸借契約の当事者に借賃の増減請求権を与え、いずれかの当事者が増額又は減額の請求をした時に、客観的に適正な額に借賃が増額又は減額されることを規定している。同条は強行規定と解される(最高裁昭和三一年五月一五日判決、民集一〇巻五号四九六頁参照)から、同条一項ただし書の借賃不増額の特約以外の特約は、右規定と抵触する限りで、無効というべきである。
本件賃料自動改定条項は、本件賃貸借契約の賃料を二年ごとに転貸賃料の七割の額に自動的に改定する旨の合意であるが、当事者がこれに拘束され、同条の増減請求権を行使し得ないとの趣旨を含むとすると、その限りにおいて無効というべきこととなる。したがって、同条項をできる限り同条に抵触しないように解釈するとすれば、いずれの当事者も同条の増減請求をしないときには、特別に協議をしないでも、二年ごとに自動的に転貸賃料の七割に賃料が改定されるとの合意であり、いずれかの当事者が増減請求をしたときは、客観的に適正な額の賃料に改定され、それを裁判において主張することができると解すべきである。そして、自動改定の額に不服のある当事者が、自動改定額より高い又は低い額を主張して相手方に協議を求めたときは、同条の請求権を行使する意思表示をしたものと解するのが相当である。
本件においては、原告が自動改定額が低すぎると主張し、調停の申立てをした上、本訴を提起したことが、右請求権の行使にあたるかが、問題となる。しかし、本件建物の賃貸借契約は共有者三五名が賃貸人である一個の賃貸借契約であることは前述のとおりであり、賃料増減請求は共有物の管理に属する事柄であると解されるから、持分の過半数をもって決すべきであり(民法二五二条本文)、全体の一パーセントにも満たない持分しか有しない原告一人の請求により右請求権を行使することはできないものというべきである。そして、本件において、持分の過半数の共有者が右請求をしたとの主張立証はなく、かえって、《証拠略》によれば、原告以外の共有者は自動改定額に異議をとなえていないものと認められる。
以上によれば、賃貸人の賃料増減請求はされたとはいえず、賃借人である被告も借地借家法三二条の増減請求をしていないことが明らかであるから、結局、増減請求はいずれの当事者からもされていないことになる。したがって、本件賃料自動改定条項の適用は同条によって妨げられないというべきである。
よって、再抗弁4も理由がないことに帰する。
四 結論
以上のとおりであって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判断する。
(裁判官 大橋寛明)